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梅毒

日本国内において患者急増中の
性感染症「梅毒」とは
原因となる細菌と感染経路

梅毒は梅毒トレポネ−マ(Treponema pallidum;TP)という細菌による慢性の全身性感染症で、古くからある性感染症(sexually transmitted infection;STI)です1,2)。オーラル、アナルセックスを含む性行為により、口腔や性器などの粘膜や皮膚から感染し、性行為以外でも胎盤を介して胎児に感染し、まれに輸血や針刺し事故などでも感染します1,2)。性行為中はコンドームを適切に使用し予防をするが、コンドームが覆わない部分から感染する可能性もあるため、完全には予防することはできない。感染早期に適切な抗菌薬療法を受ければ治癒しやすい一方、未治療で放置すると皮膚だけでなく、脳神経や視力、聴力などに深刻な影響を与えうる疾患です3)

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昨今の感染状況

梅毒の発生率は1940年代のペニシリン開発により急激に低下しましたが、1980年代より世界的に増加しており2)、世界保健機関(WHO)によると、2020年における15〜49歳の新規梅毒患者数は710万人と推定されています4)。日本国内の梅毒届出数も2013年以降右肩上がりの増加が続き、21年以降急増、23年は14,906件に達しました5,6)。さらに懸念されているのは先天性梅毒の原因となる妊婦の梅毒感染です。日本産婦人科医会の全国調査によると、2023年は分娩した妊婦全体の約1,200人に1人が梅毒に感染していると推定されており、2016年に比べ約3倍に上昇し、どの年齢層でも上昇傾向にあり7)、今後梅毒に関する理解度向上、啓発活動の必要性が叫ばれています。

病期分類と症状 1,3,6,8,9) 「皮膚だけでなく脳神経症状などが現れる可能性も」
病期による分類

梅毒は感染時期により、感染性が高い感染1年未満を早期梅毒、1年以上経過した場合を後期梅毒とし、早期梅毒はさらに第1期(感染から1週〜3カ月)、第2期(感染から1カ月〜1年)に分類されます。典型的な自然経過は第1期梅毒、第2期梅毒、血清反応陽性で無症状の潜伏梅毒(無症候性梅毒)、そして症状の寛解と増悪を繰り返しながら、後期梅毒(第3期梅毒)へと進行していきます。

多彩な臨床症状

梅毒では、粘膜・皮膚症状のほか、脳神経症状、視力・聴力障害、全身症状(発熱、リンパ節腫脹、関節痛、体重減少、不定愁訴など)が出現することもあります。早期梅毒、後期梅毒の主な症状を表に掲げました。

 

表:梅毒の病期と症状
病期 主な症状と経過
早期梅毒
(感染から1年)
第1期
(感染から1週〜3カ月)
TPが侵入した部位(口腔や陰部周辺の粘膜・皮膚)に丘疹(初期硬結)が生じた後、潰瘍(硬性下疳[げかん])が形成される。病変は痛みがないか軽度で、数週間で軽快する。
第2期
(感染から1カ月〜1年)
小さなばらの花に似ているバラ疹や、丘疹、膿疱、扁平コンジローマなどの発疹が体幹、四肢などに現れる。その他、主に口腔内に梅毒性粘膜疹と呼ばれる皮膚症状を認める場合もある。
皮膚症状以外では、頭痛や髄膜炎などの中枢神経系の症状、その他全身症状が出現することがある。
第2期梅毒の症状も数週間から数カ月で自然に軽快する。
後期梅毒 第3期 ゴム腫(肉芽種性病変)、大動脈瘤などの心血管障害、脊髄ろうや進行性麻痺などの脳神経症状を来す。

 

参考文献・資料1、6を参考に作成

検査1,3,6,8,9)「2種類の抗体検査を使って総合判断」

梅毒トレポネーマは培養が困難であるため、血清学的検査が主流となっており、血清や血漿中の非トレポネーマ脂質抗体(RPR)*と梅毒トレポネーマ抗体(TP抗体)という2種類の抗体検査を組み合わせて総合的に判断します6,8)。いずれかの抗体が定性検査で陽性判断となった場合は直ちに両者を自動化定量法に分類される手法で追加検査し、定量値で評価することが重要です6)。梅毒は「the great imitator」という異名があるとおり、初診の段階では他疾患と間違えられることも多いため、初診時、侵襲的検査・処置時、入院時などにおいて、梅毒抗体検査を実施することが推奨されています8)
また、皮膚や粘膜などの病変部位から採取した滲出液によるPCR検査が確定診断として期待されていますが、現時点(2024年8月)で保険が適用されておらず、国立感染症研究所等のみの実施に限られています6)
*診療報酬上は梅毒血清反応(STS)に分類されます

 

非トレポネーマ脂質抗体は梅毒の活動性を示す指標ですが、非トレポネーマ脂質抗体陰性で梅毒トレポネーマ抗体のみ陽性の早期梅毒の報告が増えています8)。梅毒トレポネーマ抗体が陰性の場合、基本的に梅毒を否定できるものの、抗体が陽性となるまでの期間(ウインドウ期)を考慮する必要があります。梅毒を疑う病変や症状がある人、あるいは症状がなくても活動性梅毒患者と性的接触のある人には、2~4週間後に定量値について再検査を行い、定量値の推移をみることも重要です8)

 

梅毒に関連する検査

・非トレポネーマ脂質抗体検査(RPR検査)

梅毒に特異的ではありませんが、梅毒の活動性を示す検査です。脂質抗原(カルジオライピン・レシチン)に対する抗体検査で、その代表がRPR法です。抗体がまだ産生されていないウインドウ期(ごく初期の早期梅毒)で陰性を示している可能性があるため、初期梅毒の疑いを否定できない場合は2〜4週間後に再検査する必要があるとされています1,2,8)。また、膠原病や慢性肝疾患、結核、HIV感染症の患者などにおいて生物学的偽陽性を認めることもあります1)

 

・梅毒トレポネーマ抗体検査

梅毒トレポネーマの菌体成分に対する抗体を測定する検査法です。特異性は高い反面、梅毒治癒後も陽性となります。

 

梅毒抗体検査の主な測定原理はラテックス比濁法、化学発光免疫測定法(電気化学発光免疫測定法を含む)、蛍光免疫測定法、凝集法、免疫測定法、イムノクロマト法です。

 

・PCR検査

病変部から採取した検体を用いて、PCR法によりTPのDNAを検出する検査です。抗体検査が陰性の早期梅毒では補助診断として有用な場合があります2)

 

・脳脊髄液検査

神経梅毒(TPが中枢神経系に入り込んだ状態)の診断目的に行う検査です。脳脊髄液を採取し、細胞数、蛋白、RPR、CSF-VDRLなどを調べます。

 

治療「抗菌薬を投与し、定期検査で効果を判定」
治療に用いる薬剤

梅毒の治療では抗菌薬を投与します。抗菌薬の第1選択はペニシリン(経口製剤のアモキシシリン、または筋肉内注射製剤のベンジルペニシリンベンザチン)、第2選択は経口ミノサイクリン(妊婦を除く)です6,8)。アレルギーなどでこれらの抗菌薬が使えない場合や神経梅毒の治療は専門家への相談が必要です。

治療の効果判定

治療開始後、おおむね4週ごとに非トレポネーマ脂質抗体と梅毒トレポネーマ抗体を同時に測定し、非トレポネーマ脂質抗体陽性梅毒では非トレポネーマ脂質抗体定量値が自動化法で治療前値のおおむね2分の1、2倍系列希釈法で治療前値の4分の1まで低下した場合、治癒と判断します6,8,9)。非トレポネーマ脂質抗体と梅毒トレポネーマ抗体の測定は自動化法が望ましく、また一貫して同じ検査キットを用いることが望ましいとされています8)

ピックアップ解説
梅毒トレポネ−マとは3)「現在の流行株は2000年代に発生」

梅毒トレポネーマはスピロヘータ科の一つで、菌体の長さは6〜20μm、直径0.1〜0.2μmの屈曲したらせん状菌です。湿潤な病巣の漿液をスライドグラスに採取し、暗視野顕微鏡下でらせん状に運動する菌体を観察することは可能ですが、手技や評価が難しいとされています。唯一の自然宿主はヒトで、低酸素状態でしか長く生存できないため、感染経路は限定されます。In vitroでの培養は不可能で、ウサギの睾丸内という生体培地でのみ培養可能です。
現在の世界的な流行株はNicholsとSS14という2種類の系統で、HIV感染拡大と重なる1990年後半に従来株の系統的な収束(ボトルネック)が起こり、2000年代に両系統が急速に増加したことが、Bealeらのゲノム解析により明らかになっています10)

参考文献・資料
  1. 柳澤ら. モダンメディア. 2008; 54(2):42-49.
  2. 井戸田. モダンメディア. 2023; 69(7):173-180.
  3. 国立感染症研究所ホームページ「梅毒とは」
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/465-syphilis-info-141107.html
  4. WHO Fact sheets Syphilis:
    https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/syphilis
  5. 国立感染症研究所ホームページ「日本の梅毒症例の動向について」
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-idwrs/7816-syphilis-data-20180105.html
  6. 厚生労働行政推進調査事業費補助金 (新興・再興感染症及び防接種政策推進研究事業) 研究:梅毒患者の実態把握及び対策に資する研究(山岸由佳班). 「梅毒診療の考え方 2024(令和6)年3月」
  7. 日本産婦人科医会. 妊娠中の梅毒感染症(2023 年版)に関する実態調査結果の報告
  8. 性感染症診断・治療ガイドライン2020(梅毒:一部改訂 2023.06.13)
    http://jssti.umin.jp/pdf/baidokukaikou_20230620.pdf
  9. 日本性感染症学会.「梅毒診療の基本知識」
  10. Beale MA, et al. Global phylogeny of Treponema pallidum lineages reveals recent expansion and spread of contemporary syphilis. Nat Microbiol. 2021;6(12):1549-1560.