A型肝炎ウイルス(HAV)は、1973年に最初に報告されました*43。HAVは、ピコルナウイルス科に属し、7.5kbのプラスの一本鎖RNAを持つ、直径27~32nmのエンベロープを持たないウイルスです*44*45*46(図16)。
HAVはもともと7つの遺伝子型(I~VII)に分類されており、各遺伝子型の間に85%を超えるヌクレオチド配列同一性があります*46。しかし、遺伝子型VIIは最近、遺伝子型IIの亜型として再分類されました。遺伝子型I、II、IIIはヒトの症例から、また遺伝子型IV、V、VIはサルから分離されました*46*47。
参考資料・文献
世界においてHAVは感染性肝炎の主な原因となっており*21、毎年140万件のHAV感染があります*48。アフリカ、アジア、中南米の一部などの公衆衛生基準が低い地域の血清陽性率は、5歳未満の小児で100%に近いことがあります*45*48。反対に、成人における血清陽性率は、米国と西欧でははるかに低くなっています(地域によっては10%以下)*45*48*49。(図17)
HAVは通常、経口感染によって伝播し、ときに地域社会全体に影響を及ぼす大流行をもたらすことがあります*44*45*48*50。HAV粒子は、症状の発現前に1~2週間、糞便中に分泌されています(感染のリスクはこの期間が最も大きいと考えられています*50)。症状は10~50日の潜伏期間後に発現します*45*50。
参考資料・文献
HAV特有の症状はありませんが、50%前後の症例で急激な高熱によって発症します。下痢、悪心および嘔吐は小児によくみられ、成人ではさらに重症化した症状が見られます。症状発現後10日前後で黄疸が現れますが、多くの症例でこのときには熱は正常に戻っています*44*45*50。症状は、数週間で徐々に消失し*45、患者は3~6カ月で完全に回復します*44。症状消失の数週間から数カ月後に再発することがあります(再発の繰り返しは小児でよく見られる)が、予後は良好です*44*45*50。
HAV は急性肝疾患のみで、慢性化することはありませんが、重度の合併症が引き起こされることもあります*44*45*50。これには、胆汁うっ滞(数カ月持続する黄疸、その後完全に回復する)、発疹や関節炎などの肝外症状、急性肝不全、劇症肝炎(50歳を超える患者にのみ)などがあります。
参考資料・文献
HAV感染の診断は、患者の血液検体のHAV RNAまたはHAV特異的抗体を測定することによって行われます。HAV IgM抗体は感染の初期に産生され、その血中量は4~6週間にわたって増加し、その後、3~6カ月間で検出不能な濃度まで低下します。このとき、大部分の患者でALT等の肝機能検査は正常値に戻ります(図18)。次いでHAV IgG抗体が出現し、HAV再感染を防ぎます*44*45*50。HAV感染の診断には主に2つの検査が使用されます。血液中のHAV IgM抗体(Anti-HAV IgM)およびHAV IgM抗体とHAV IgG抗体(Anti-HAV)を検出する検査です。これら2つのアッセイの結果を組み合わせることにより、有効で効率的な臨床的判断を可能にします。HAVの感染状態が不明の場合は、最初にAnti-HAVを測定し感染の有無を確認します。Anti-HAVが陽性の場合はさらにAnti-HAV IgMを測定することにより、急性感染か過去の感染かを区別することが可能です。臨床症状を示している患者では、Anti-HAV IgM検査から行うことで、急性感染か否かを特定することができます(図19)。
Anti-HAVは、HAVワクチン接種を受けるべき患者(Anti-HAV陰性)の特定、およびHAVワクチン接種が成功したかどうか(Anti-HAV陽性)の判断に用いることができます*44*45*50。
参考資料・文献
現在、HAVに特化した抗ウイルス療法はありません。患者はバランスの取れた食事をし、休息して、さらに肝臓を害する恐れがあるアルコール飲料を避けるよう指導されます。まれに重度の食欲不振や嘔吐から脱水症が生じた場合には入院治療が必要となります*45*50。
HAV感染はワクチン接種で予防することが可能です*50。不活化ウイルスまたは弱毒化生ウイルスから成るいくつかのワクチンがあり、最大15年まで予防効果があると推定されています*50*51*52。中程度の感染有病率のある地域では幼児期に、また米国では1歳前後で日常的にワクチン接種が行われています*51。アジア、アフリカ、中南米、東欧、中東などの有病率が高い地域に渡航・滞在する際、感染歴やワクチン接種歴がない場合は、渡航前に予防接種を受けるべきであるとされています*51。なお、曝露後迅速にワクチンが投与されれば有効であることも報告されています*51。
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