Article

PCR検査の進化と未来展望

1. PCR検査の進化

遺伝子検査機器の進化は完全自動化・ハイスループット化と小型化・迅速化の2方向

PCRは1983年にキャリー・マリスによって発明され、遺伝子工学に革命をもたらしました。今では世界中で使われており、基礎研究のみならず臨床検査(特に感染症・がんの遺伝子変異)や疫学、食品の安全性、法医学、犯罪捜査など幅広く応用されています1)

・初期のPCR検査

初期のPCR検査では用手法による検査があたり前で、8時間以上の時間が必要でした。また、コンタミネーション防止のために核酸抽出と核酸増幅を別の部屋で行っていました。そんな中、1996年に世界初のPCR検査用自動測定装置が発売されました(図1)。DNA抽出は自動化されておらず用手法でしたが、PCRによるDNA断片の増幅から検出までを全自動で行うことができました。プライマーをビオチン標識しており、増幅したDNA断片を磁性粒子に固相化した標的特異的プローブとハイブリダイゼーションさせて、酵素標識アビジンを用いた発色反応を吸光度測定によって検出していました。

世界初のPCR検査用自動測定装置「コバスアンプリコア」

図1 世界初のPCR検査用自動測定装置「コバスアンプリコア」

・体外診断用医薬品として承認されている主なPCR検査キット

2024年9月時点に体外診断用医薬品として承認されているPCRを原理とする主な検査キットを表にまとめました(表1)。PCRを用いる検査は感染症が多く、そのほかにがん遺伝子の変異検出や薬物代謝酵素の遺伝子多型を調べる検査があります。

表1 PCRを原理とする主な検査キット
検査キット 領域
EGFR遺伝子変異検出キット がん
BRAF 遺伝子変異検出キット
EZH2遺伝子変異検出キット
Major bcr-abl mRNAキット
B型肝炎ウイルスコア核酸キット 感染症
C型肝炎ウイルス核酸キット
ヒト免疫不全症ウイルス1核酸キット
単純ヘルペスウイルス核酸キット
SARSコロナウイルス核酸キット
インフルエンザウイルス核酸キット
エムポックスウイルス核酸キット
パピローマウイルス核酸キット
クラミジア核酸キット
淋菌核酸キット
腟トリコモナス核酸キット
結核菌群イソニアジド耐性遺伝子同定キット
サイトメガロウイルス核酸キット
エプスタイン・バーウイルス核酸キット
ヘリコバクターピロリ核酸キット
チトクロームP450(CYP)ジェノタイプ解析キット 薬物代謝
UDPグルクロン酸転移酵素(UGT1A1)遺伝子多型キット

 

・PCR検査機器の進化の方向性

世界初のPCR検査用自動測定装置発売から30年近く経過し、遺伝子検査機器も進化を遂げています。進化は大きく2つに方向に分かれており、1つは完全自動化・ハイスループット化で、もう1つはPOC検査機器としての小型化・迅速化です。

2. 完全自動化・ハイスループット化

遺伝子検査に用いる検体は種類が多いため、核酸抽出などの前処理を共通化することが難しく完全自動化を阻んでいましたが、徐々に共通化が進み、現在では簡便に多検体を処理できるようになり、完全自動化およびスループットの増大が実現しています。これは、遺伝子検査機器の導入環境に合わせたスループットの選択につながっています(コバス5800:144テスト8時間コバス6800:384テスト8時間コバス8800:960テスト8時間)。また、これらの機器の進歩に伴い、核酸抽出と核酸増幅で部屋を分ける必要がなくなっています。

3. 小型化・迅速化

自動化・ハイスループット化が進む一方で、小型化・迅速化に進歩した機器も登場しています。検査に要する時間が従来よりも短く、数十分程度で検査結果が判明するため、POC検査としてクリニックや夜間救急外来など患者に近い場面での活用が進んでいます。感染症におけるPOC検査の代表例であるイムノクロマト法と小型迅速遺伝子検査の比較を表にまとめました(表2)。小型迅速遺伝子検査は、迅速性では同程度かやや劣りコストは割高ですが、感度が高いことから、感度と迅速性が優先され、コストを許容できる場合での活用が考えられます2)

 

表2 小型迅速遺伝子検査とイムノクロマトの比較
 

小型迅速遺伝子検査

イムノクロマト

感度

コスト

迅速性

○~◎

4. マルチパネル検査

従来のPCR検査は特定の病原体について検出するものでしたが、一つのサンプルから同時に多項目のウイルスや細菌、毒素、寄生虫の有無を調べることができるマルチパネル検査も登場しています。特定の感染臓器に対して想定される主な病原体を対象にした検査を一度に行えるため、病原微生物の検出率が上がり、診断精度の向上や治療方針の決定・抗菌薬の適正使用に寄与しています3)

 

5. 新たなパンデミックに備えて

新型コロナウイルスの感染確認においてPCR検査は重要な役割を果たしましたが、流行初期に検査体制を構築できたのは、以前より遺伝子検査を実施し、技術的・人員的な確保ができている病院が多かったようです。今では多くの病院、クリニックで遺伝子検査が行えるようになっていますが、5類感染症への移行により検査需要が減り機器の使用頻度も減っているのが実情のようです4)。新たなパンデミックへの対応力を確保するために検査を担当する臨床検査技師の知識技術レベルを維持・向上させていくことが必要といえます。

参考文献
  1. 佐々木博己/編著. 実験医学別冊 目的別で選べるシリーズ 目的別で選べるPCR実験プロトコール 失敗しないための実験操作と条件設定のコツ.
  2. 大瀬. 日本臨床検査医学会誌. 2024;72(1):38-42.
  3. 栁原ら. 日本化学療法学会雑誌. 2018;66(6):729-737.
  4. 赤松ら. モダンメディア. 2024;70(5):157-163.