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梅毒 Syphilis Infection

梅毒は、スピロヘータの一種である梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)の感染に起因する全身性疾患です。ペニシリンの開発により過去の感染症となりつつありましたが、WHOの報告によると、2012年には全世界で約1200万人の新規感染者が報告され、毎年約200万人の妊婦が梅毒感染していると推定されています。また、日本においても梅毒の届け出件数は2008〜2012年が800件前後を推移していましたが、2013年より急増し、2016年には4557件にもおよび社会的な問題となっています。



梅毒トレポネーマ・パリーダム(T.pallidum:TP)

梅毒トレポネーマ・パリーダムは、グラム陰性の真正細菌であるスピロヘータの一種です。TPは直径が0.1〜0.2μm、長さ6〜20μmで、6〜14個の鋭く巻きついた規則正しい回転のらせん構造をしています。TPは他の典型的な細菌とは異なり、最外部には菌体全体を包む膜状あるいは層状の表面構造エンベロープ(outermembrane:OM)が発達しています。OMのすぐ内側にはベリプラスミック間隙(p eriplasmic space:PS)があり、主要な抗原性を発揮する部分であるリポ蛋白(lipoprotein:LP)が存在します。また、PSには4〜10本の軸糸(periplasmic flagella:PF)が右巻きらせん状に菌体の外周を取り巻き、その著しい屈伸性によって活発な固有運動を行います。

写真

(出典:CDC Public Health Image Library courtesy of Dr David Cox.)

T.pallidumの形態と構造

T.pallidumの形態と構造

(大阪大学医学部附属病院 臨床検査部/感染制御部 出口松夫 提供)



TPの感染経路

TPの主な感染経路は、母子感染(垂直感染)、性感染(水平感染)および輸血の3つですが、大半が感染者との粘膜や皮膚の直接接触を伴う性行為による感染です。また、出生前や周産期に胎盤を通じて母体から胎児へと母子感染するため、妊婦検診のスクリーニング検査は重要です。まれに輸血や静注薬物使用者等による注射器の回し打ちによる感染がみられる場合があります。

また、梅毒患者はHIVに感染しやすいこと、HIV感染者には梅毒が多く見られ重複感染しやすいことが報告されています。



梅毒の臨床症状

梅毒の臨床症状は第Ⅰ期〜第Ⅳ期梅毒に分類され、第Ⅰ期および第Ⅱ期梅毒を早期梅毒、第Ⅲ期および第Ⅳ期梅毒を晩期梅毒とよびます。さらに、胎児期に感染したものについては先天性梅毒とよばれています。

1. 第Ⅰ期梅毒 : 感染〜3ヵ月

性行為により粘膜や皮膚の微細な傷を介してTPの感染が成立し、3週間目には感染した粘膜または皮膚に大豆大から1cmほどの大きさの軟骨様硬結が発生します(初期硬結)。また、その中心にびらんまたは腫瘍が生じたものを硬性下疳とよび、この部位から菌体であるTPを検出することが可能です。初期硬結および硬性下疳は自覚症状がなく、これらの症状は治療の有無にかかわらず、3〜6週で消退していきます。

第Ⅰ期梅毒の検査としては、梅毒関連抗体の検出とTP抗原の検出が挙げられますが、抗体検査は陽性化が遅いことから、梅毒IgM型抗体の検出感度が試薬選びの重要なポイントとなります。一方、抗原検査には暗視野顕微鏡法や蛍光抗体法などがあり、早期診断法としては極めて有用ですが、抗原をサンプリングできる時期が感染の初期に限られているなどの問題があるため、第Ⅰ期梅毒の約30%が陰性を示すことが報告されています。

2. 第Ⅱ期梅毒 : 3ヵ月〜3年

この病期では、感染部位付近で局所的に増殖したTPが血行性に全身に移行します。したがって、症状も以下に示す皮疹、粘膜疹および脱毛などの全身症状が生じることがあります。また、稀にTPの中枢神経への感染が見られることもあります。さらに、臨床症状がないにもかかわらず、脳脊髄液からTPが検出されることがあります。

  1. 梅毒性バラ疹
    第Ⅱ期梅毒の最初に発生する爪甲大の円形または楕円形、淡紅色または紅色斑で、躯幹に多発しますが、大半は数週のうちに消失していきます。
  2. 丘疹性梅毒疹
    小豆大から爪甲大までの隆起した紅色浸潤性丘疹で、顔面、躯体および四肢などに多くみられます。また、大小陰唇、肛門周囲および乳房下などに扁平コンジロームが生じることがあり、これにはTPが多く存在することからその検出が可能です。また、手掌および足底に角化性局面を形成する梅毒性乾癬などが生じることがあります。
  3. 膿疱性梅毒疹
    第Ⅱ期の晩期に発生する小豆大の紅色性丘疹で、膿疱化し表面に痂皮を形成します。
  4. 梅毒性粘膜疹
    灰白色の表面に覆われた潮紅浸潤局面となる丘疹性梅毒疹で、口腔粘膜に生じます。
  5. 梅毒性脱毛症
    頭皮がびまん性に脱毛するびまん性脱毛症、側頭部および後頭部に爪甲大の円形または楕円形の脱毛を生じる小斑状梅毒性脱毛症などがあります。

3. 第Ⅲ期梅毒 : 3年〜10年

この病期では、第Ⅱ期に生じた皮疹が自然に消失します。また、潜伏梅毒からこの病気に達することもあります。

  1. 結節性梅毒
    硬い赤褐色結節が皮膚に生じ、潰瘍化および多発融合したのち、中央の瘢痕化により辺縁が隆起拡大した腎臓形となります。
  2. ゴム腫
    ゴム様硬度を有する皮膚結節の拡大とともに中央が潰瘍化し、皮下組織、筋層さらに骨にまで及びます。

4. 第Ⅳ期梅毒 : 10年以降

この病期では、中枢神経系や心血管系などに病変を生じます。近年、神経梅毒では定型的臨床像を示す患者が減少し、通常の潜伏期間である10年〜20年よりはるかに早期の2〜3年で発症する例も報告されています。

  1. 神経梅毒
    髄液に梅毒の所見があるものの、症状のない無症候性神経梅毒、脳実質に病変のある進行麻庫および脊髄に病変のある脊髄癆などを生じます。
  2. 心血管梅毒
    梅毒性大動脈炎、大動脈瘤および心内膜炎を生じます。

5. 先天性梅毒

胎児期に胎盤を経由した血行性の感染で、症状の出現時期によって以下に分類されます。

  1. 胎児梅毒
    出生時すでに皮膚や内臓などに梅毒症状を有するものをいいますが、大半は死産します。主な症状は老人性顔そう、肝臓・脾臓の腫大、梅毒性骨軟骨炎、梅毒性天疱瘡などです。
  2. 乳児梅毒
    出生後まもなく(2〜3ヵ月)の間に発症します。梅毒性天疱瘡、梅毒性鼻炎、口周囲のびまん性浸潤による放射状瘢痕を残すParrot溝、Parrot偽麻痺などを生じます。
  3. 晩発性梅毒
    学齢期および思春期に梅毒の症状を示すもので、皮膚、粘膜、内臓および、骨にゴム腫を発生し、Hutchinson三微候(実質角膜炎、内耳性難聴およびHutchinson歯)も出現します。さらに、脳水腫や知能発達不良などもしばしば認められます。



梅毒の診断

病変部局所からのTPの検出と、梅毒血清反応により診断されます。梅毒の血清学的検査は、免疫誘導により産生された抗体の検出を行い、検出される抗体には大きく分けて脂質抗体とTP抗体があります。

脂質抗体検査では、レシチン、コレステロール、精製されたカルジオリピンから構成される抗原を用いて、カルジオリピン抗体を検出します。脂質抗体検査は疾患の進行と治療効果をモニタリングするのに有用ですが、梅毒以外の疾患等でも非特異的な陽性を示す生物学的偽陽性(BFP)を起こすことがあります。一方、TP抗体検査では、T.pallidum タンパク特異抗体を検出します。TP抗体検査は特異性が高く、確認試験として意義がありますが、治癒後も抗体が長期にわたり持続し、治療効果を反映しない場合もあります。

梅毒の血清学的診断手順

(大阪大学医学部附属病院 臨床検査部/感染制御部 出口松夫 提供)



検査結果の解釈

1. 感染初期

測定法の陽性化の順序は、感染が成立すると約2週間で脂質抗体測定法が先に陽性となり、その1週間後の約3週間でTP-IgMおよびTP-IgG抗体の両者を検出できる測定法(ECLIA,CLIA,PA,LA等)が陽性となります。さらに1週間以上遅れて、TP-IgG抗体を検出しやすいHAが陽性となります。

感染初期において血清学的診断上問題となるのは、脂質抗体が陽性でTP抗体が陰性の場合で、この結果は、「梅毒感染初期」あるいは「脂質抗体検査法の偽陽性(FP)」の二つが考えられます。我々の施設ではRPR法でのFPの発生頻度は約1%であり、特に自己免疫性疾患患者に多く認められています。

梅毒感染初期における抗体価の推移

(大阪大学医学部附属病院 臨床検査部/感染制御部 出口松夫 提供)

各種疾患におけるCFPの出現率

(厚生労働省監修免疫血清反応検査 第2版より抜粋)

2. 病期別および治療時

梅毒患者の病態を把握するためには、抗体価の推移が重要な指標となります。脂質抗体測定法が陽性でTP抗体測定法が陰性の場合(感染初期が疑われる場合)は、2週間後に再度採血し、TP抗体測定法が陽性になれば感染初期と判断します。また脂質抗体の抗体価が上昇していない場合はBFPと判断します。

次に、脂質抗体測定法およびTP抗体測定法がともに陽性の場合(活動性か非活動性梅毒かを見極める場合)は、1ヵ月後に再度採血し、抗体価の上昇を認めれば活動性、低下を認めれば非活動性と診断できます。すなわち、抗体価の変動を正確に把握することは極めて重要です。しかし、抗体価の変動が認められない場合は活動性と非活動性を区別することは困難で、現在のところ信頼できる鑑別方法はなく、問診が最も重要な判断材料となります。

梅毒各期および治療による抗体価の推移

(大阪大学医学部附属病院 臨床検査部/感染制御部 出口松夫 提供)



梅毒の治療

全病期にわたり、ペニシリンが第一選択薬であり、治療成績も確立されています。欧米では主に注射療法であるのに対して、日本では経口合成ペニシリン剤が推奨されていますが、注射療法と経口療法の治療効果は同様であるとされています。

治療の目的はTPの活動性を停止させることで、抗体を陰性化させることではありません。治療効果の判定は、脂質抗体あるいはTP抗体の抗体価を観察し、治療後の抗体価が1/4以下に低下していることが治療効果の指標とされています。しかし、血液中の抗体価が1/4に低下するには、抗体の生体内半減期を考慮すると、脂質抗体で少なくとも1ヵ月以上、TP抗体では数ヵ月かかるという問題点も残されています。

梅毒の治療法
  • *1 薬剤の胎盤通過性が悪く、胎児の治療としては不十分である。
  • *2 副作用のため妊婦には不適当である。